「権力装置としてのスポーツ―帝国日本の国家戦略 (講談社選書メチエ)」販売店・購入・ショップ情報。坂上 康博講談社

洋書 エレクトロニクス ホーム&キッチン ミュージック DVD/ビデオ ソフトフェア ゲーム おもちゃ&ホビー
サーチ

権力装置としてのスポーツ―帝国日本の国家戦略 (講談社選書メチエ)

坂上 康博講談社

講談社
W杯の期間中、私は連日熱戦をリアルタイムで見られて嬉しかった。別に日本が勝ち進んで嬉しくなかったわけではない、いや、嬉しかった。でも、熱狂するサポーターたちをついていけない思いで眺めていた。ニッポンニッポンと煽り立てるようなマスコミにはウンザリした。「感動した!」と言う某首相にはさらに辟易した。全ての日本人が熱狂している、という雰囲気に飲み込まれそうになっていた。私はスポーツをスポーツとして好きなように楽しみたいのに・・・。

この著作は、以上に述べた私の気分に驚くほどマッチしていました。というよりベルリンオリンピックを頂点とする戦前のスポーツ熱と今の時代の雰囲気が似通っているのかもしれません。W杯期間中「改めて民族というものを認識して欲しい」と言う柡硊Ÿ¥事もいたわけで、「スポーツの一体感」とそれを利用したいという政治側の思惑は今も昔も変わらないもののようです。もちろんそれほど単純なものではなく、あらゆる人々、そしてスポーツに携わる人々自身に様々な思惑があって、スポーツを形作っていたのは間違いありません。
ご一読をオススメします。


 

中世音楽の精神史―グレゴリオ聖歌からルネサンス音楽へ (講談社選書メチエ)

金沢 正剛講談社

講談社
必要に迫られて、中世の音楽について調べる必要があったので、本棚にあったこの本を手に取りました。中世音楽についてあまり詳しくない私にとって、とてもわかりやすい説明で、ところどころ著者の独自の見解や推理などがあったり、いろいろなエピソードもちらほら。

なんとなく敬遠していた世界だったのですが、一読後、さっそくCDを買い集めたくなるような本。
品切れなのかなぁ、絶版なのかなぁ、残念。

 

世界大恐慌―1929年に何がおこったか (講談社選書メチエ)

秋元 英一講談社

講談社
ブラックマンデー時の市場混乱よりも
その後の市民生活への波及
そして打ち出された数々の経済政策を
メインテーマとして書かれている一冊。

上梓されたのが1999年と日本経済が
かなり厳しかった時期と云うこともあり、
当時の平成不況との対比が
今読んでみると、極めて興味深い。

 

長安の都市計画 (講談社選書メチエ (223))

妹尾 達彦講談社

講談社

 

破天荒明治留学生列伝―大英帝国に学んだ人々 (講談社選書メチエ)

小山 騰講談社

講談社
この本は確かに一般読者にはちょっと難しいかもしれないが、日英関係と日本の明治時代の近代化の歴史ですごく面白い本だと思います。菊池大麓、末松兼澄など、日本人にあまり知られていない人物いっぱい出てきます。ちなみに「破天荒」というタイトルは多分著者ではなく、出版社が選んだではないかと考えられます。(本を売るためによくあることです。)

この本の英訳:Japanese Students At Cambridge University In The Meiji Era, 1868-1912: Pioneers For The Modernization Of Japan




 

江戸の市場経済―歴史制度分析からみた株仲間 (講談社選書メチエ)

岡崎 哲二講談社

講談社
数量経済史(扱う対象が限られている)・マルクス経済史(分析が余剰形成と階級間分配に限られる)・新制度学派(循環論法に陥っている)の欠点を示し、制度の生成と発展を説明できるのは歴史制度分析という視点だというのが著者の立場だ。

江戸時代は停滞期だと思われることもあるけど、経済が発展していたことがわかる。ここで不思議なのは、経済成長に必要とされる所有権(なぜって、自分のものはずっと自分のものだという信頼がなければ安心して投資できない)が江戸時代に確立されていたわけではないという点だ。棄捐令ほどではないけれど、債権回収がうまくいかなくなる可能性の高くなる相対済令が頻繁に出されている。

その答えは私的な関係にある。ヨーロッパのマグレブ商人が行ったような多角的懲罰戦略は、日本の株仲間にも見られたとしている。追い出されるの怖さに逸脱行動はしないし、逸脱したことのある在外代理人は雇ってもまた逸脱するだろうから雇いたくないのである。この制度のもとでは誠実に行動するのが部分ゲーム完全均衡戦略として維持されている。

ロジックは明解だしデータも豊富なので、満足いく内容だろう。

 

ピアノの誕生―楽器の向こうに「近代」が見える (講談社選書メチエ)

西原 稔講談社

講談社
楽器としては歴史が比較的あたらしいにもかかわらず、
音楽家だけでなく一般の人々にも奏者の多いピアノの、
楽器としての誕生から、進化、またピアノをとりまく社会の変化が
丁寧に書かれています。

前半の、ピアノ製造と研究、発展の部分は、たいして詳しくない私には
覚えのない名前もずらずら出てきて、少し難しかったですが、
有名な作曲家たちのリクエストと、ピアノの発展が大きくかかわっているくだりなどは
意外で、ピアノにも作曲家にもあたらしい興味がわきました。

後半の社会的側面から書かれた部分。
ピアノの量産化にしたがって、簡単な曲が好まれるようになる、ところは
現代の音楽事情にも通じて面白かったです。
このころ好まれている曲が、今のピアノお稽古でも好まれている事実は
ピアノに対する近代的感情、
「高価な家具的楽器としてのピアノ」と、それを弾ける娘、ああるいはそんな娘をもつ親の、
ちょっとしたステイタス感が今もあるからかもしれません。

日本のピアノ受け入れ、発展についても一章ほど書かれています。

 

江戸が東京になった日―明治二年の東京遷都 (講談社選書メチエ)

佐々木 克講談社

講談社
冒頭から、「東京遷都」ではないとするドキっとした論がら始まり、なぜ「遷都」ではないのかという佐々木氏の論説かラ始まる。明治維新が始まり、その際、大久保利通が「大阪遷都論」から始まった首都の移動であるが、京都から大阪か東京か遷都論が始まった経緯。そして「遷都」ではなく奠都としたのか?

特に大阪遷都は実は旧幕府でも検討課題として俎上にあったというのは注目されている点は、流石は明治維新研究の第一人者である。又、維新ファンは戊辰戦争ばかりに目を取られてしまう。実は明治政府は新政府要領に模索している最中でもあり、それが大阪か東京かどちらかに首都を移すのかと議論している最中であったという事実も見なくてはならない。
また、天皇の東京移動に伴う京都の没落と、京都から移動しなけてばならない理由が「ポスト・モダニズム」というのも注目点ではないだろうか。
維新史の重要な部分として位置づけている首都移動の話としては良書である。

 

性と呪殺の密教―怪僧ドルジェタクの闇と光 (講談社選書メチエ)

正木 晃講談社

講談社
ドルジェタクって誰?というのが最初の印象ではないか。
日本ではほとんど知られていない人物である。
チベット仏教によほど関心のある人でないと聞いたこともない人名だろう。

ドルジェタクの活躍した時代のチベットはまさに乱世である。
各地で有力者が割拠する時代。
その力の象徴の一つが呪術である。
本書でも多く触れられ、私には最後まで今ひとつ得心しがたい部分もあったが、呪殺の嵐が吹き荒れていた時代であった。呪殺が現実の話として語られる。呪術の腕前が金を生み、生死を分ける。現実とは思えない社会である。

しかも、その呪力の源は性的エネルギーである。
古今東西、多くの宗教が性の問題を封印したり回避してきた中、後期密教は性を積極的に取り入れていった。チベットにおける密教受容の初期はまさに性と暴力の様相を色濃く持っていた。我々の持つ仏教のイメージから遙かに離れた存在である。本書にもおどろおどろしい評言が各所に見られる。おそらく、これでもかなり表現を薄めたものの想像される。原書ではどこまでグロテスクな表現に満ちていたのであろうか。

そんな当時のチベットで絶大な呪力を誇ったのがこのドルジェタクである。
ドルジェタクが他の行者たちと異なる点はインドにまで修行に行った顕密両面で最高峰の域に達していたと言うことである。
チベットが密教を自らのものとしていく過渡期に現れた偉人であろう。後世からは破戒僧ととらえられかねない破天荒な人物である。性的・呪術的な側面を次第に背景へと後退させていくチベット密教史の中でドルジェタクが依然高い評価を維持していると言うことはチベット仏教、ひいては宗教における光と闇、実践と理論を考えていく上で興味深い材料となるであろう。

 

中国の秘密結社 (講談社選書メチエ)

山田 賢講談社

講談社

 
1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  次へ
近代スポーツ文化とはなにか 西山 哲郎 世界思想社 近代スポーツ文化とはなにか
スポーツは現代社会を覆っている重要な文化現象である。
にもかかわらず、これまでスポーツを扱った研究書はさほどなかった。本屋で見かけるスポーツ関連の本は、たいていはジャーナリスティックなものだったり、どうすれば勝てるかといったハウツーものだったりする。
また文化研究書も、映画研究だったりテレビ研究だったりアート研究だったりして、文化としてスポーツを扱うものも少なかったように思われる。
そのような状況の中で、この『近代スポーツ文化とはなにか』という単行本は、スポーツを文化としてはじめて「真っ正面から」論じたものであろう。好著である。スポーツについて、あるいは現代社会について考えたい人には、適切な指南書となるだろう。
文体にやや理屈っぽい部分もあるが、文章の中にはトリビア的なスポーツ雑学も混じっているので、初学者にとっても読みやすい作りとなっている。